はじめての障害者介助

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「私」のパレット2004

このページの目次

2004-08-17 ひとり立ち

 新しく入った1年生もようやくひとり立ちをするようになりました。 はじめての介助はとても不安だったりドキドキしたりするものです。 私も最初はたくさん失敗をして(今でもそうですが…)叱られたり追い出されたりしました。

 この前夕食介助に入ったとき、障害者の方が嘆いていました。

 「昨夜は大変だった、Aさんは歯磨きもできない」 

 それを聞いて私はかつての自分を思い出したものです。

 「なんとか我慢してくださいよ。 最初は誰だって勝手がわからないし言葉も聞き取りにくいものだから。 何回か介助に入ればきっと慣れてスムーズにできるようになるはずですよ」

 私も最初はその人には信頼されていませんでした。 料理の手順を何度も聞きに行くと、なんだか私の腕を疑ってきて(たしかに料理は上手ではありませんでしたが)そんな様子に私も緊張してしまったものです。 食事の準備が遅れるとすぐに「遅い!」と言い、介助は厳しいなあと思ってしまいました。 でも何度か介助に入るうちに要領もつかめてきて、言葉も予測できるようになり、介助がスムーズに進むようになりました。 それとともに介助の合間は打ち解けて話せるようになっていきました。

 介助ノートを開いてみると、Aさんからのコメントがありました。

 「何度聞いても何をおっしゃっているのか聞き取れず、結局歯磨きの介助はできませんでした…」

 かなりショックになってしまったかな、と私は心配になりました。 でもそのあとに次のような言葉があって私は少し安心しました。

 「でもいろいろあって楽しめました」

 たまに介助でつらいことがあっても、それを総合的には「楽しめたな」と思える姿勢が、介助を続けていく動力のひとつになるのではないかと思います。 Aさん、これからもその気持ちで続けていってね!

2004-08-23 活動と、対価としてのお金

学生ボランティア交流会

 昨日、私の住む市の隣の隣にあるA町の活動センターで学生ボランティア交流会があり、私も参加してきました。 目的としては、A町の周辺にある大学ではいろいろなボランティアサークルが活動しているが、もっと横の結びつきを強くしてさらに幅広い活動へつなげられたら、ということがありました。 しかし実際に参加した学生メンバーは、私の所属するT大学生と、私と一緒に参加した介助団体代表のI大学生1人だけでした。 残念。 しかしA町にお住まいの年配の方も多く参加なさっていて、世代間の協力の模索という点では有意義な時間だったと思います。

 サークルの活動内容はさまざまでした。T市の大きなまつりを開催中に出るごみを分別回収する団体、T市のよさを知ってもらうためいろいろな情報手段を使って広報している団体、それらボランティアグループのつながりを担おうとする団体。 そんななかで、障害者を介助するという私の団体が、ボランティアにしてはややとっつきにくい感を与えるのは否めませんでした。 しかし活動内容について真剣にきいてくれる方もいてうれしくもなりました。 運営費はどれくらいかという切り口できかれ、介助料の話になり、自立生活センターや他人介護料などを軽く説明しました。 そういえば以前も私の大学の福祉系サークルで集まったときに、そんなこときかれてそんな話をしたなと思い出します。 けっこう気になるところなのでしょうか。

地域通貨

 交流会の中で、地域通貨の話が出ました。 地域通貨にもいろいろありますが、時間と対等とする通貨を流通させるといいのではないか、という話が気になりました。 私としてはなにか引っかかることがありました。

 時間通貨を私のイメージで説明します。 相手がしてほしいことを相手にする。 そのかわりにそれに割かれた分の時間通貨をもらう。 本人はあとで自分が必要なときに、その通貨を使って誰かに時間を割いてもらう。 この通貨の対流により助け合いが活発になる。 たぶんそんな感じです。

 自分に照らし合わせてみると、そんな通貨は自分では使わないなあと思いました。 引越しのときくらいでしょうか。 いらないのに通貨だけがたまっていくのではないかと思います。 なんだかお荷物が増えていく感じです。 「ああ、今日もまたためてしまった」みたいな感じ(笑)。

 私は費やした時間を時間で返してほしいとは思いません。 むしろボランティアをする中で時間には代えられないものを得ている気がします。 だからボランティアが続いているわけで、いまさら通貨などを持ち出すのには違和感があるのが率直な感想です。

有償にすること

 以前福祉系のサークル交流で知り合った人と食べに行ったとき、彼がこんなことを話していました。 「いまは人員不足を考えると、無償ボランティアなどと言っていられない。 やはり現実的には有償ボランティアにしていかないと成り立たない。」 たしかにそうなんです。 人は集まりません。 バイトとしての介助はそれなりに(豊富ではないにしろ)供給があるのですが、サークル活動としてのほとんど無償に近い介助では、やはり人が集まりにくいです。 また介助について言えば、有償にすることによって、介助の質は確保されるだろうし、利用者の介助者に対する無用の遠慮もなくなるなど利点は多いです。

 しかし、そんな活動をただの金稼ぎの手段としてしか見られないようになってしまうのならば、それは残念だなと思うのです。 たとえ有償でも、活動していくなかでなにか自分が得ているものを感じ取ってくれればいいと思います。 まあこれは介助に限らず、どんな仕事でも職業でもそうなんですけれどね。 ただ金だけのために仕事こなすだけじゃつまらないじゃん。

2004-08-26〜2004-09-02 知的障害と真剣に接する

療護施設を訪問

 この2日間、機会があって身体障害者療護施設にお邪魔してきました。 私が活動する介助団体は基本的に「ハコモノなんてまっぴらだ!自立生活だーっ!」という考えなので、その施設とは求める方向がまったく逆だといえます。 でもこういうところに行ってみるのも勉強になるだろうと思い、訪問してみました。 この施設には高齢者や障害者が入所しており、またデイケアサービスも提供していました。

 こういうところに行かされる学生や研修生は、何をしていいかわからずにただはじの方で突っ立っていることが多いのでしょうが(少なくとも私はそれに近い)、そうしながらも、話しかけやすい感じの人を探すのです。 とは言っても押し黙ったままの人や痴呆などで話せない人が半数以上なので、自分から積極的に話してくれるような人なんてなかなかいません。 そんなわけでずっと居づらい雰囲気なのです。

ある女の子との出会い

 そんな私のところに1人の女の子が車椅子に乗って近づいてきました。 20歳くらいの感じでした。 「こんなところにいたんだ。 探したんだよ」と彼女は私に笑いかけました。 そういえば以前会ったことがあったかもしれません。 私が附属病院で実習中に、循環系の病棟の重度のエリアで入院していた私と同じ歳の女の子がいました。 実習の間、彼氏の写真を見せてくれたり、1週間意識をなくしたまま危篤状態だったらしいことを話してくれたものです。 ちょうど1年前のそのときはもうすこし体が大きかったような気がしましたが、やせたのでしょうか。 本当に同じ人かはちょっとわかりませんでした。

 「その名札かっこいいね」と彼女は言いました。 附属病院で実習中につける写真入りの名札です。 「そう?」 「うん、似合ってるよ」 「ありがとう! そういえば、その車椅子につけているキーホルダー、かわいいね」 「うん、昨日○○さんがくれたんだ」 なんていう会話をしていました。 車椅子だとすねが痛い、と言っていました。 なぜ?ときいたところ、擦れるのだ、と言いました。 ほかの車椅子と当たったりするのかと思いましたが、それも否定しました。 よくわかりませんでしたが、話題が変わったので流しておきました。

 「○○さん、熱出しちゃったんだって」と言いました。 ○○さんって誰?ときくと「知らないの?」と言いました。 「○○さん、ご飯食べられるのかなあ」彼女はどうなんだろうというように首をかしげました。 「○○さん、おそば食べないんだよね。 うどんも食べないし。 スパゲッティもだめ」 「麺類がダメなの?」 「箸が使えないんだよ」 そのうち、また私の名札を見て「その名札、かっこいいね」と言いました。 「ふりかけ好き?」と聞きました。 好きだよと私が言うと「私も好き」と目を細めて無邪気に笑いました。

 私たちがそんなやり取りしていると、ある職員の人が近寄ってきました。 そして彼女の頭を手でくしゃくしゃして笑顔を見せながら、「この子、知的あるから」と私に小さく言いました。

 その瞬間に私は、目の前の女の子が、知的障害をもつ人としか見えなくなりました。

 職員はそのまま去り、彼女は私を見たまま首をかしげました。 私も笑いながら、なんだかよくわからないといったように首をかしげました。 すでに私は彼女を知的に障害のあるものとして自分とは別の世界に置いていました。 私が彼女より上位にあり、言ってもわからないことは言うのを避け、知られると不都合なときは知らないままにしておき、彼女は問題を起こす可能性があるけどそのときは彼女に代わって私がなんとかする、というような扱いをしかけていました。 彼女が話すことは、その正誤にかかわらず、それへ自分が同意するか反感を持つかにかかわらず、すべてにうなずいて見せ、本気では取り合わない。 職員に言われてから、私の彼女との会話がそう変化したのを感じました。

彼女との接し方の変化

 それまでは彼女との関係を初対面として接していました。 だから彼女が話題を次々に変えることも、人のことを何度も口にすることも、そういう人なんだなと思って会話していました。 目の前にあるそのままが彼女自身なのだと思って接していました。 普段私たちが初めて会う人と話したり行動したりするときと同じです。 しかし彼女が知的障害者であると告げられたとたん、私にとって彼女はとにかく「知的障害をもつ人」になってしまったのです。 一方的なレッテルを貼り、知的障害者として接してしまうようになったのです。

 以前私が自閉症の人の介助を始めるなかで、自閉症について勉強しておこうと思いました。 そのとき先輩の介助者が「事前にその人の障害についてとか介助の注意点とかを調べるのもいいけれど、その人本人と付き合っていくなかでわかっていくのもいいんじゃない?」と私に言いました。 まさにこのことかなと思います。 医学的な分類でその人の特徴や性格を決めつけて接するのではなく、人間関係としてその人と初めて会いお互いを知っていけばそれでいいのではないかと思います。

 この経験に限らず、その数日後にあった合宿で同じようなことをして反省しました。 手足がうまくコントロールできずコップを持つ手も震えるくらいで、言語にも障害がある人がいたのですが、その話す話題の単純さから幼稚な人だとみなしていました。 しかしバスの中で長い間話していると、私を気遣う提案をするなどその言動の下にあるものを感じました。 その人はさびしがりやで少し怖がりやで人の様子をうかがってしまう、ちゃんとした性格をもった、私たちと対等の人間なのだと強く感じました。

 おそらく私が以前彼女に会ったことはありません。 彼女は会うたびに「どこいってたの?探したんだよ」と私に言いました。 みんなでゲームをしていると、はぐれている彼女が私の服を引っ張りました。 彼女には彼女の生きてきた背景があって、今の彼女の姿があり、私はそこに存在するありのままの彼女と、真剣に接さなければならないのだと思いました。

2004-12-10 介助団体運営

代表になりました

 11月13日をもって私はある学生介助団体の代表になりました。 設立13年目となり、会員数170人あまり(うち障害者1割以上)を有します。 3人の身体・精神障害者を定期的に介助し、うち2人は365日介助しています。1日の半分以上の時間を私たちがカバーしています。

 この団体は介助だけでなく、会員全体を対象とした交流会、障害者問題・介助問題全般を扱った学習会なども定期的に実施し、広報誌も会員を対象に年数回発行しています。 これらの運営はすべて大学生の会員によって行われています。

 これまで、さまざまな障害者の自立生活実現、会員の有志による自立生活センター設立などいろいろなことを成し遂げてきました。 そしてその地域(数市町村)での障害者のネットワーク作りにも貢献してきたように思います。

団体が抱えている問題

 さて、そんな団体の代表になった一大学生の私ですが、ここまで大きくなった団体を前に呆然としている感じです。 問題はいくつも出てきています。 会員から意見を聞くのが改善の第一歩だと思いいろんな人から聞いてみると、問題点はあとからあとから出てきます。 ふは〜、これを全部自分で解決するなんてもってのほかだなぁ、と感じました。

 この団体の主な問題点は、運営に参加する会員が減少していること(近年さらに問題化)、介助の基本的なルールがややおろそかになっていることがあること、介助における身体的・精神的負担を緩和する積極的な機会がないこと、会員の活動内容が介助のみに偏ってきてしまっていること、などです。 これらは私の知る同規模の学生介助団体(東京都内)にも共通する点が多いようです。

 これらを代表ひとりで解決することはできません。 もしもっと小規模の団体であるならば、運営も企画も会計もすべて自分でやってしまい根本から新たな運営方法を始めることも可能だったかもしれません。 しかしここまで大きくなった団体を動かしていくには、一人の力ではどうにもできません。 他のなるべく多くの人と意見を共にし、協力して改善を図っていくしか方法はないように思われます。

マニュアルの作成

 意見(あるいはそれがもとになって現れる活動の方向性)を多くの構成員にとって共有のものとするには、個人で扱える細かい部分での活動を少しずつ改善したり新しく作ったりしていくしかない、というのが今の私の考えです。 そして改善したそれぞれの活動が長持ちするためには、活動の存在する理由を明確にした上で規則化し、文章にして会員全体に共有が図られるようにしなければならないとも考えます。 このときに団体としての方向性がわずかながらも示されるものと思います。

 活動のマニュアル化は活動者の主体性を失わせる原因になる場合があります。 これは私が団体内のそれぞれの活動の様子を見て強く感じたことです。 もっと向上させよう!という意識に欠ける部分があるように思うのです。受け身的に、仕事をこなそうという意識でやっているように思えます。 これは社会でも問題かもしれません。 「職場全体のやる気をあげるには?」「部下が積極的に考え行動するようになるには?」と管理職のみなさんも頭を悩ませていることでしょう。

 と、ここまで書いて、ふと「やる気」というキーワードが気になり、ネットで調べてみるとコーチングについての文章が多く見つかりました。 これらを読んでいると、今の私の考えを再考しないといけないなと感じたので、あとはサクッと……。

 「マニュアルも書き方次第では主体性の問題は克服されるものと思います。」

 私の今の考え、以上です(笑)。 書き方次第とは何かといいますと、たとえば抽象的な説明と具体的な解説とをうまく使い分ける、などということです。 たとえば。

 ミーティングにおいて、議論に参加できないでいる出席者が出てくる問題があります。 このときの「進行マニュアル」は…… 「ミーティング参加者が発言などをしてミーティング内容に積極的に関われるように工夫しましょう」(目的)、「ミーティングを通して、参加者みんなが内容を理解できているかどうか、また議題について考えることができているかどうかを意識しながら進行していきましょう」(方法)、「議論の内容がよくわからない参加者がいる場合は、議論を一旦止めて全員に対しその内容を簡単に説明してみましょう」(具体的な例)、これらをすべて書いて伝えると情報量は膨大になってしまうので、要所を押さえて、それぞれの目的を達成するのに最適な説明をします。 最初に目的を示し、動機付けを行います。 そして実際のミーティング状況例を示し、この場合にどうすればよいのか考えてもらいます。 そして対処例・改善例を示したあと、それらの目的を確認します。

 仕事をやっていくなかで自分で考えなければならない機会をもっと増やしてみるといいのかもしれませんね。 主体性を汲み取るような配慮が必要なのかもしれません。

 なんか全体として偉ぶった内容になってしまいました。 すみません。

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はじめての障害者介助http://kaijo.zzkt.com/ 更新2005-08-17 著作者katataka 倫理性ある転載・改変は一定条件下において自由です(詳細)。Page view ページビュー総数 since 2004-10-09T14.

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